1 ミモザの家

 ふいに鳴った玄関のチャイムに、先に腰をうかせたのは母さんだった。
「キナコ、かもしれない。」
「キナコにチャイムの鳴らし方おしえたの。」
「おしえとけばよかった。」
 マジで答えられてはつっこめない。
「キナコじゃなければだれかしら、こんな時間に。」
 そうはいっても時計は七時をまわったばかりで、ただ夜におとずれる客は、わたしの家にかぎっていえば、かなりめずらしいことだった。
「夜分にどうも。」
 玄関の外から声がかかった。庄司さんの声だった。
 砂色の作業服の胸もとにグリーン色の大きなマーク。相良グリーンサービスというお店の看板とおなじ四葉のクローバーだ。庄司さんはそこで観葉植物のレンタルサービスの仕事をしている。
「こんばんは。」
 おなじマークのついた帽子をとって、くしゃくしゃと手の中でまるめ、それからわたしにむかって、やあといった。
 不自然にしゃっちょこばっていておかしかったけれど、わたしはとくにわらいもせずに、かたちばかりといってもいいくらいの角度で頭をさげた。
「もうリエったら。いつもこうなのよ。あいそなしでこまっちゃうわ。」
「べつにそんなのは。おれもどっちかっていうとぶあいそうなほうだから。」
 庄司さんはそんな意味のことをぼそぼそといって、作業服の胸ポケットから、細長いチケットのようなものをとりだした。
 映画だろうか、コンサートだろうか。
 見るともなく目をやると、そのチケットは真っ赤だった。
 手にとった母さんが、きれいねといって、わたしのほうにすかすようにしたので、赤く見えたのは、燃えたつような夕日の絵だとわかった。
「海沼宗太郎って、たしかこの町出身の絵描きさんじゃなかった? 亡くなったのね。」
「三年前に病気でね。いい画家だったらしいよ。明日から丸越デパートで、その人の遺作展をやるんだそうだ。おとくいさんからそのチケットもらったんだ。ちょうど三枚あるし、いっしょにどうかなと思って。」
「どうする? リエ。」
 母さんに聞かれて、わたしはうなずく。
 どうせ明日は日曜日。とくにでかける予定もない。
(続)