プロローグ

 日曜日の朝。四年生の大塚純也は、いつものリュックをしょって、チャリンコに飛びのった。めざすは、将棋大会会場の公民館だ。
 きょうは負ける気がしない。インターネットの将棋で、はじめて十連勝したせいだ。相手がどんなヤツでも、どんな戦法できても、ぜったいに勝てる。
 純也は、マーカーで『将棋 命』と書いた、左手のてのひらを、ひたいにたたきつけながら、ペダルをこいだ。
 風はまだすこし冷たかったけれど、サクラ並木のどの木にも、ぽつぽつとツボミが、ふくらみはじめている。
「おれ、きょう、ま、ん、かいーっ!!」
 大声でさけんだ。
 右にカーブしている坂道を、純也は両足を大きくひろげて、風のように走りおりていった。

 ところが、公民館についておどろいた。
 公民館の入口で、光小ゲームクラブ顧問の佐山先生が、うろうろしていた。六年生でゲームクラブのキャプテン和人と、純也と同じクラスの木の実のすがたが見えない。きょうの大会は個人戦ではなく、三人でチームをつくって戦う団体戦だ。
「先生。和人くんと、木の実は?」
 純也がきくと、佐山先生は「う~ん」とうなって、こまったように、顔をしかめた。
「木の実ちゃんが、行きたくないってごねてるらしくてな。いま和人くんが、むかえにいってるんだ。」
「む、むかえにいってる!?」
 純也は、あわてて腕時計を見た。九時十分。試合は九時三十分からだ。
 木の実は、最近ゲームクラブに入って、将棋のルールをおぼえたばかりだった。大会で勝てるとは思えないし、期待もしていない。でも、チームをつくるには、ぜったいに必要なメンバーなのだ。
「木の実が、こなかったら?」
「三人そろっていないと、失格になる」
「げっ! それじゃあ、きょう将棋できないの?」
 佐山先生は、こくんとうなずいた。
(続)