1 おためしセット・大根つき

 肉や魚はスーパーですませても、野菜だけはひと山こえて買いにいけ。
 これが母ちゃんの遺言だから、たけるは守っている。正直ちょっとめんどうだと思うこともあるけど、ひと山こえたところにある農家の野菜直売所は、なるほど安い。安いだけじゃない。新鮮さが売りだから味にあまみがあって、それになにより長持ちする。父ちゃんとふたりでくらしていると、材料があまることが多いから、長持ちするのは大だすかりだ。
「それにしても、おかしな遺言やな。」
 よーく考えると、母ちゃんのえらそうないい方まで思い出して、クククッとわらいたくなる。実用的だけど・・・・・・なんというか、遺言くらい遠い将来に役立つ名言がよかった。
「まあ、母ちゃんらしいといえば母ちゃんらしいけどな。」
 主婦はしんどいんやとよく母ちゃんはいっていたけど、実際に母ちゃんが死んでから二年やってみて、このくらいならなんとかなるなとたけるは思う。母ちゃんほどではないにしろ、二年間でおかずのレパートリーだってずいぶんふえたし、天気予報を見てせんたくをするのだっておぼえた。
 たけるは今、小学校の五年生。二年前から『小学生』と『主婦代理』のふたつの顔をもっているわけだ。どっちもまあ、いけてるんじゃないかと思う。ゲームをして遊ぶ時間はなくなったけれど、それは意外とがまんできる。せめて弟か妹がいたら、家事を分担して楽しくやれるのにと思うけど、いないものはしかたない。ひとりでもくもくとがんばるのみだ。
 よくひとりっ子はあまえんぼうだなんていうけど、母ちゃんはそんなにあまくなかった。あんまりガミガミいうからケンカしたこともあったけど、いま考えると、きたえてくれたからへこたれないでやっていける自信がついたんだと思う。
 ただ、父ちゃんのことは、正直・・・・・・まいっている。
 (続)